« 心の「冷え」も「毒」になる | トップページ | 草木のいのちを染め、こころを織る »

2014年1月 5日 (日)

「広めたい」心の奥にあるもの

「広めたい心」の中には、「思いどおりにならない」という不満が隠れている。
ただ自分が楽しむだけでいい。


ある日、四十歳くらいの女性からCDをいただきました。
「ありがとうという言葉がたくさん入った詩が浮かんだので、その詩に曲をつけ、自分でCDを作りました。このCDを広めたいので、正観さん、もらってくださいますか」

私は、次のように答えました。
「いただいて聞くのはかまいませんが、広めたいというのは私の趣旨とは違います」
この女性は、この言葉だけではわからなかったようです。

「いい言葉をたくさん埋めこんで、いいCDをつくったのだから、これを多くの人に聞いてもらいたい。そして、世の中に広めたい」と思う心は、世の中を批判しているところから生じています。

世の中や宇宙に対して、「あなたのやっていることが気に入らない」と言ったことにほかなりません。

「ありがとうのCDを世の中に広め、ひとりでも多くの人に聞いてもらいたい」=「ありがとうという概念をもっていない人が多い」というところから、このCDの製作が始まっています。

そのため、このCDが人を安らかにすることはありません。
「なんで、あなたはありがとうと言わないの?」「どうして感謝をしないの?」という「思い」(念)がこめられているからです。

自分がいいと思い、「世の中にこれを広めたい」と言った瞬間、「世の中が自分の思いどおりになっていないじゃないか」といういらだちが隠れています。

「ありがとうという言葉が自分の思ったように広まっていない。そのため、世の中の人にひとりでも多くありがとうと言ってほしい」という話になったら、その人は本当に感謝をしている人ではありません。


「ありがとう」という感謝の気持ちをもっているのなら、他人に要求するのをいっさいやめたほうがいい。

そして、感謝をすることがいいことだと思うのなら、自分がただ「ありがとう」を言い続ける。
他人がそれをいっさい言わなくても、「どうしてあなたはありがとうと言わないの」と責めないことです。

「どうしてあなたは…」という方向へ行った瞬間に喜んでいるのは、「悪魔」という存在です。
悪魔とは、一般的に言われているような、頭に角が生え、槍をもっている存在ではありません。
批判や争う心、不幸や悲劇を願い、それらを望む「心」のことをいいます。
これは非常に奥の深い話です。


よいことを勉強し、「世のため、人のために」という概念をどこかからもちこんできたとしましょう。
そのあと、「世の中にとって、とてもよいことなのだから、広めなさい」「こういうものをやるべきだ」というように方向づけされることがあります。

しかし、このようになった瞬間に喜んでいるのは「悪魔」という存在です。
他人に対して非常に攻撃的な憎しみの心をもち、そのまま憎しみの心を大きくして、世の中に対して「気に入らない」と言いなさいと、どんどん刺激していきます。

「ありがとうの曲を広めたい」「世の中を変えたい」などという考えは、すべてやめたほうがいいようです。

「この歌を広めたい」と思ったのなら、それはいらだちから来たものといえます。
自分がいい歌をつくれてうれしいと思ったのなら、淡々と歌っていく。

「ああ、いい歌に出会って幸せ」と思って歌っているのなら、聞いている人に幸せな気持ちや心地よさが伝わり、自然と広まっていきます。

小林正観 著
イースト・プレス 発行
『脱力のすすめ 「おまかせ」で生きる幸せ論』、より

« 心の「冷え」も「毒」になる | トップページ | 草木のいのちを染め、こころを織る »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1967763/54503463

この記事へのトラックバック一覧です: 「広めたい」心の奥にあるもの:

« 心の「冷え」も「毒」になる | トップページ | 草木のいのちを染め、こころを織る »