« すばらしい私たちの先祖の古代人たち | トップページ

2014年4月10日 (木)

『真理』を学ぶには大自然からが一番

塩沼:これも日本的といえば日本的な話ですが、修験道の開祖・役行者は教義をほとんど残さず、言葉も本当に数えるほどしか伝わっていません。
一方お釈迦様も、亡くなる間際に「論理や理屈ではない」といったことを言われていました。

たとえば、お釈迦様の最後の旅路のエピソードの中に記されていることですが、ご自身の死を予感して、生まれ故郷に向けて、弟子のアーナンダをつれて故郷への道を辿ります。
これは『大般涅槃経』に伝えられている話ですが、鍛治屋のチュンダが布施した食物にあたり、衰弱し重篤な状態のときにスバッダという修行者が問答にやって来ました。
アーナンダが断ろうとするとお釈迦様は、スバッダを招き入れました。

そこでスバッダはお釈迦様に対し、当時の六人の有名な哲人の中で誰が一番かということを尋ねました。

それに対し「スバッダよ、私は善を求めて出家して五十年余、正理と法の領域ねみを歩んできた。これ以外に人の道たるものは存在しない」と最後の説法をします。

人としての道、その法に従って生きていくところに、本当に大切なものが見えてくるのだと、まさに生命を懸けた最後の説法をして、この後入滅されました。
お釈迦様だけではなく、孔子にしても、イエスにしても自分で文章にして残していません。
すべて後から弟子たちによって教典が編纂されました。

伝統のある世界宗教の開祖と称されるような方は、涸れることのない泉のような存在だと思うのです。
真理に通じ真理を体得することにより、あらゆる真理の表現方法が、時に応じ人に応じてこんこんと湧き出ずる泉のごとくに表現される。

しかし、何か一つつきぬけることは容易なことではない。その後、残った弟子たちは、あのとき、師がこんなことを言っていた。いや、こういう解釈だと思うよ、と実践より理論が先行してしまう。言葉や文字ばかりが先になり、実践的認識がおろそかになりがちです。

たとえば自転車の運転でも、ある日突然乗れるようになりますが、その感覚を文章で表現してくださいと言われても無理なことです。

それを読めば、誰でもすぐに自転車に乗れるようになる本などありません。

ですから、お釈迦様もナイランジャナー河の畔の菩提樹の下で、智慧の完成、まさに独自の悟りを得たときに、一般の人に説くことをためらったと伝えられています。

自ら到達した悟りの内容がとても深いので、言葉という限定されたものに変換することは可能なのかと考えたのでしょう。
悟りという深い世界のものを、言葉という不完全なもので表現するのは無理ではないかと感じたのだと思います。

そこで、インドのヒンズー教の最高神がお釈迦様に働きかけ、七週間も考えて考えぬいた末、説法することを決意されたのです。


竹田:お釈迦様は大自然から学んだけれど、それ以降の弟子たちは、大自然ではなく、お釈迦様から学んだり、お釈迦様から学んだ人から学んだりしている。
その中で自分なりの表現をしたりもしたけれど、やはり原点としては、自然から直接学ぶのが一番ということですね。

日本人の場合、いつの時代も大自然との調和を考え、その中で独自の感性を磨き上げてきました。
日本人の価値観は、大自然とのつながりなくして語れません。
だからこそ、塩沼さんも、お釈迦様と同じように大自然を師匠とできたのでしょう。

真理は一つでしょうから、お釈迦様の得た真理を、塩沼さんは現代にあって体現している気がします。

ところで、仏教の世界では大自然はどのように捉えているのですか。


塩沼:大自然から受ける教訓こそ真の宗教の精髄です。

仏教の開祖であるお釈迦様も同じだと思います。
とてもわかりやすいお話をしてみましょう。

以前、松原泰道さんという百一歳まで現役で説法されていたお坊さんとご縁があったときのこと、「大自然、それが真理を説いている。そういう受け止め方をします」とおっしゃっていました。

花が咲き、鳥が鳴いているこの現象の中に真理を見つめる。しかし特別に花や草が説法しているわけではない。

花は花、蝶はどこまでも蝶、そこから何かを汲み取る。うなずきとる。自分の心の中に受信装置を備えて、性能が細密になるほど、大自然から何かをうなずきとる、理解ではなく、うなずきとる。

文字どおり、それらが説法していると解釈してしまうと、自然崇拝になって最も素朴な宗教であり、仏教ではなくなると教えてくださいました。

何事も不思議のない当たり前のものの中から真善美という真理を汲み取っていく、そういう一つの物の見方なのですね。


竹田恒泰:旧皇族・竹田家に生まれる。明治天皇の玄孫にあたる。

塩沼亮潤:1300年の歴史で二人目となる「大峯千日回峰満行」を果たす。


竹田恒泰・塩沼亮潤 著
PHP文庫 発行
『日本がもっと好きになる 神道と仏教の話』、より

« すばらしい私たちの先祖の古代人たち | トップページ

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1967763/55727389

この記事へのトラックバック一覧です: 『真理』を学ぶには大自然からが一番:

« すばらしい私たちの先祖の古代人たち | トップページ